今さら聞けない、サウジとイランと原油について

原油という商品は需要面を見れば世界経済の見通しに繋がり、供給面を見れば地政学のダイナミックなせめぎ合いに通じる。だから原油の動きを観察・分析することは、すごく面白い。

今回はその供給面について。原油供給の向こう数年の動きは、サウジアラビアとイランの両国の動向で大部分が決まると言っても過言ではない。

両国の間にある力学というのは歴史も絡み合って相当複雑だが、なるべく分かりやすく以下に整理してみた。

サウジアラムコを知っていますか

ペルシャ湾沿岸には油田が集中しており、湾岸諸国や、もうすこし広い枠組みの産油国同盟であるOPECを形成している。これらの中核をなすのがご存知の通り、最大の原油埋蔵量を誇るサウジアラビアだ。

そのサウジの国家収入の大部分を担う石油会社、サウジアラムコといえば、出自こそアメリカ資本の参加による会社だが、今は完全国営化された超々巨大企業体である。

時価総額にして、上場企業で現在世界最大のアップルの約5倍。

オフィスはビルではなく「村」であり、住居からスーパー、病院まで全てが詰まった広大な敷地。しかも女性は肌を一切出さず全身真っ黒が鉄則のサウジでありながら、この敷地内だけはミニスカの女性がふつうに闊歩している。

アラムコ専用ビーチ、アラムコ専用空港などというものまで、サウジ国内にはそこかしこに存在する。マンガのような世界観だ。

OPECの良心

さて、底知れない資源を持つサウジだが、彼らは常に、その力に見合うだけの一種の責任感のようなものを持ち合わせていた。

つまり、OPECの盟主、さらには原油市場全体の調整役という立場に立って、油価の下落局面ではある程度供給を絞るなどの策を明に暗にとってきたのだ(自国益だけを考えるなら、多少値段が下がってでも販売量を保って収入を得るべきにもかかわらず)。

なので、北米を中心としたシェール革命によって急激に需給がだぶついた時にも、なんやかんや言いながらもOPECとして増産を控えるべしという方針を検討していた。

OPECによる原油価格支配の時代はオイルショックをもって始まり、逆オイルショックをもって終わった(→市場原理による価格決定の時代に移行した)」というのが一般的な説明だが、今になって振り返ってみれば、サウジの行動原理は影を潜めこそすれ、根底においては80年代以降もところどころで形をなしていたといえる。

誇り高きペルシャ

さて、一方のイラン。こちらもまた、中東においてサウジに次ぐ原油埋蔵量を誇る資源大国だ。

ただし、民族のルーツはまったく異なる。サウジがアラブ民族を中心に構成されるのに対し、イランはペルシャ人の国。また、イスラムスンニ派が多数を占めるサウジに対し、イランはシーア派の国でもある。

あえてオーバーに書くなら、原油が出るまで砂漠の遊牧民でしかなかった成金のアラブ民族どもと、ペルシャ帝国の時代からの歴史の重みを誇る自分たちではまったく毛並みが違う、と思っている。

そう思われていることを自覚しているサウジにとっても、イランというのはいつまで経っても気に食わない目の上のたんこぶだ。

そんな歴史と文化にあふれた国でありながら、宗教指導者に政治指導者を兼ねさせた結果、欧米を思いっきり敵に回して経済制裁をくらってしまった。原油生産は一気に落ち込んで中東における影響力も低下、サウジにしてみれば一安心の状況であった。

この経済制裁というイランへのリミッターが、よりにもよってシェール革命・原油価格暴落直後の2016年初頭というタイミングで解除されたことの意味は非常に大きい。

サウジの葛藤

サウジにしてみれば、自国経済の事情だけで考えれば、原油価格低迷をほったらかしにすることは悪い選択肢ではない。

同じ原油生産といってもコスト競争力がまったく異なるので、米国のシェール開発では赤字になる原油価格でも、中東の油田掘削ではまだまだ利益を生み出せる。新参のシェール企業たちにバタバタと倒れてもらえれるのであれば、多少利幅が薄くなっても原油安を黙認する理由に十分なるのだ。

さらにはそこに、憎きイランまでもがカムバックしてきた。

イランにしてみれば国際的な立場など今さら気にする余裕もなく、経済制裁中のダメージを取り戻すべくとにかく全速力で生産量を回復するまでだ。

こうなるともはや囚人のジレンマ状態。サウジだけがいい子ぶって生産量を抑えたところで、イランの生産量が伸びてしまうのであれば原油価格への影響力は見込めない。

竜虎相搏つ

こんな状況下で現れたサウジの次世代の指導者が、各国外務省から「MbS」の名でマークされる人物、モハメド・ビン・サルマン副皇太子だ。

一言で言ってしまえばタカ派。まさにOPECの良心という姿勢を体現していたヌアイミ前石油相がOPECの増産制限を提唱していたのに対し、「イランが制限しないならウチも制限はしない」と言い放ってこれを真っ向から覆し、ほどなくヌアイミ氏の首をもすげ替えてしまった。

副皇太子のサウジ王家における影響力は日に日に増しており、当面は彼が経済政策の舵取りを担うと考えて間違いない。

この流れのまま中東の両雄がいよいよアクセルベタ踏みとなれば、一体どうなるか。

原油はカナダの山火事や各地の治安悪化などで供給が落ち込み、今年中旬には価格回復傾向を示した。但しこれらはあくまで「一時のトラブル」である。中東の「大きな流れ」とのせめぎ合いの行き着く先は、今のところ未知数だ。